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須磨のお寺(6)勝福寺

【住所】神戸市須磨区大手町9−1−1
【電話】078-731-1253
【アクセス】山陽電鉄東須磨駅下車 徒歩10分
      山陽電鉄板宿駅下車  徒歩15分



まずは勝福寺の概要を。

桂尾山勝福寺は真言宗高野派高野山如意輪寺末で、本尊は聖観音菩薩。988永延2)年の創建から千年以上の歴史を持つ古刹である。太政大臣藤原伊尹(これただ)の三男、英雄丸が高野山で修行中、摂津の国神撫山(今の高取山)附近に出没する鬼人を平定せよとの勅命を受け、山麓に草庵を設けた。そこで日夜修法を行い祈願退散したことがこのお寺のはじまりとされている。

開山当時は7堂伽藍、36坊を有する大寺院であったが、山津波や戦火に遭い、堂塔、宝物などを失い、現存するのはわずかに山門庫裏(くり)のみとなっている。


 そして昭和13年阪神大水害で倒壊した本堂を現在再建中です。今年中には竣工となる予定だそうです。



 ところで、この勝福寺の後ろにある飛松岡に「松岡城」があったと言われています。砦ほどの簡素なものだったとされる松岡城が歴史の舞台に出てくるのは観応の擾乱の時です。



観応の擾乱は、足利尊氏弟・直義(ただよし)と敵対関係になり、3年にわたって続いた室町幕府の権力闘争である。
 この時、足利尊氏直義の軍と御影の浜で戦って敗北。参謀の高師直(こうのもろなお)らとともに、松岡城に逃れ、たてこもった。
 手兵がわずか500名になってしまった尊氏は、今はこれまでと切腹を決意する。…がまさにそのとき、尊氏の家臣饗庭命鶴(あえばみょうづる)が直義軍と和議が成立したとの知らせを持ってきた。
幸いにも和議が成立して、尊氏は危ないところを助かり、山陽道を京へと帰っていった。



現在の勝福寺山門の南西、寺の代々の住職の墓のある所がハラキリ堂と呼ばれているらしく、まさしくその当たりで尊氏さんが切腹しようとしたところであろうと言われているそうです。この地でもし尊氏さんが腹を切っていたら…須磨で歴史が大きく変わったのかもしれませんね。

ちなみに寺の裏手にある山を登ると、八十八箇所巡りができるそうです。





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須磨のお寺(5)明光寺(萩の寺)


【住所】神戸市須磨区妙法寺字岡775−3
【電話】078−741−2809
【アクセス】市営地下鉄妙法寺駅下車 徒歩20分
市営地下鉄山陽電鉄板宿駅から市バス5系統で「那須神社前」下車

古くは天台宗真月山明光寺という。創建年月は不明だが、1650(慶安3)年の検地では「阿弥陀堂」とある。
1692(元禄5)年には伽藍が建設され、黄檗宗(おうばくしゅう)に変わった。
その後、一時は禅道場として栄えたが、火災により衰えた。
本尊阿弥陀如来木像。

そして明光寺が「萩の寺」と呼ばれるようになったのかというと…

50年ほど前に先代の住職が、山萩が美しく咲いているのに目を留め、
日本国内だけでなく朝鮮半島などからも様々な種類の萩を集めはじめた。
そして現在の住職が後を継ぎ、交配もして新種を作っている。
毎年9月になると13種約600株2000本が境内を埋め尽くすように咲き乱れる。

ということらしいです。

しかし花に疎い私は、恥ずかしながら萩がどんな植物なのかも知りません。
ということで、萩についてもちょっと調べてみました。

一般名:ハギ(萩)
学名:Lespdeza sp. (レスペデザ)
別名:庭見草(ニワミグサ)、初見草(ハツミグサ)、鹿鳴草(ロクメイソウ/シカナキグサ)、
    鹿妻草(シカツマグサ)、Bush clover(ブッシュクローバー)
科属名:マメ科ハギ属
原産地:日本、朝鮮、中国などの東アジア
開花期:6〜10月 
花言葉:思案・内気・柔軟な精神

●萩は秋の七草の一つ。
●中秋の名月に薄(すすき)やお団子と一緒に縁側などに置いてお供えする習慣がある。
●痩せた土地でもよく育つ特性がある。
宮城県県の花でもある。
それに昔からハギは人々にとっても人気があったようで、歌の中で詠まれることも多かったみたいですね。
万葉集の中でもハギの名前が入った歌が最も多く、約140首もあったとか。


また、実は「萩の寺」と呼ばれるお寺は、全国至る所にあるみたいです。
ざっと調べただけでも…

東光院大阪府豊中市
龍眼寺東京都江東区
瑞源寺福井県福井市
蓮華寺静岡県周智郡森町
最明寺徳島県美馬市
実性院石川県加賀市
白豪寺奈良県奈良市
新薬師寺奈良県奈良市

調べればいくらでも出てきそうです。
ハギが見た目によらず荒れた土地でも育つことができる
たくましい植物だからなのでしょうか。

ちなみに明光寺には一株から赤と白の花が咲くという珍しいハギもあり、
源平の合戦にあやかって「源平萩」と名付けているそうです。

もうすぐ萩の季節。皆さんも須磨にある「萩の寺」に出かけてみませんか?



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須磨のお寺(4)禅昌寺


【住所】神戸市須磨区禅昌寺町2丁目5−1
【電話】078-732-2590
【アクセス】地下鉄山陽電鉄板宿駅下車
      「板宿」バス停から市バス5系統「禅昌寺」下車 東へ徒歩約2分

正式には神撫山(じんぶさん)禅昌寺と言い、延文年間(1356〜60年)に月庵(げつあん)禅師が創建した。室町時代には幕府から寺領三十六石を寄進したと言われる。1580年(天正8年)には、豊臣秀吉三木城を攻める時に焼かれ、その後桃山御殿から豊国亭を移して方丈としていた。しかしこれは明治時代に火災で焼失した。

本尊は十一面観音。参道から境内周辺、そして裏山まで、カエデの老木が多い。紅葉寺としても有名で、広い参道脇の紅葉は特にすばらしいと言われている。

また、開山堂にぶら下がる瓢箪に雀が集まることから、"スズメのお宿"とも呼ばれている。

左甚五郎作と伝えられる山門、白壁の築地、緑の竹やぶ。自然と昔のたたずまいが織り成す風景が、心を和ませてくれる場所である。



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須磨のお寺(3)妙法寺

【住所】神戸市須磨区妙法寺字毘沙門山1286
【アクセス】神戸市営地下鉄妙法寺駅から徒歩10分

こちらの妙法寺を紹介する前に、実は同じ名前のお寺が他の地域にもあるらしいので、まずはそちらを紹介しておきます。

●堀之内妙法寺東京都杉並区堀ノ内3-48-8)厄除け祖師として有名なんだそうです。
世田谷東光山 妙法寺東京都世田谷区大蔵5−12−3)約350年前の創建。なんと「回転する大仏」があるそうです。
妙法寺神奈川県鎌倉市大町4-7-4)苔がきれいなお寺なんだそうな。
徳栄山(とくえいさん)妙法寺山梨県南巨摩郡増穂町小室3063)あじさいが有名なんだそうです。
●妙法寺(神戸市兵庫区天王町1-15-2)
栄昌山 妙法寺兵庫県神崎郡福崎町

では須磨区にある妙法寺を。

正式名称は、如意山妙法寺。真言宗高野山派。本尊毘沙門天は平安時代の木像で、重要文化財に指定されている。

738年(天平10年)僧行基の開基と言われる。盛時には七堂伽藍37坊があり、広大な寺域を占めていた。

平清盛は、この寺院が京都の鞍馬と同じように乾(北西)の地にあったので「新鞍馬」と呼び、福原の都を守る霊場にして、1000石余りの寺領を寄進した。。

1351年(観応2年)観応の変高師直(こうのもろなお)らに焼かれ、8坊だけになった。1697年(元禄10年)に再建されたが、現在は円蔵院を残すのみとなっている。

毎年1月3日には鬼追式が催される。「太郎」「クジリ」「一人旅」「じか」とよばれる鬼と「子鬼」が登場し、たいまつを振りかざし、ほら貝と太鼓の音に合わせて、本堂の回廊を東から西へ渡る。これを4度繰り返した後、鏡割り、福餅投げが行なわれる。

さすがに須磨区内で最古の寺というだけあって、落ち着いた雰囲気のいいお寺です。近くには那須与一の墓や萩の寺もあるので、あわせて訪ねてみるといいかと思います。


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須磨のお寺(2)現光寺


【住所】神戸市須磨区須磨寺町1丁目1-6
【アクセス】JR須磨駅から徒歩6分
      山陽電鉄須磨駅から徒歩5分


浄土真宗西本願寺末。正式名称は藩架山現光寺(ませがきさんげんこうじ)という。本尊は阿弥陀如来で、1514年(永正11年)、浄教上人の開基と伝えられている。また、『源氏物語須磨の巻の舞台とも伝えられていることから「光源氏の住居跡」とも言われ、元は源氏寺とも呼ばれていた。源氏物語のモデルの一人で、安和の変(969年)で左遷された左大臣、源高明がこの地に流されたと伝えられることから、このような言い伝えが生まれたらしい。

また、江戸時代には平安朝の須磨に憧れた松尾芭蕉がこの寺の風月庵に泊まったとも言われる。現在、境内には松尾芭蕉の三段切の名句、「見渡せば眺むれば見れば須磨の秋」の句碑が残っている。更に本堂の前庭角には、1747年(延享四年)に広島の風月庵似雲が須磨に来て歌った「いづくとも 誰かいひけむ すまの浦や かかるところの 秋のゆふ暮」という歌碑もある。

明治の初め頃、境内の裏手から「川東左右関所跡」という文字が刻まれている標石が掘り出されたことでも知られ、この近くに「関の一画を示す垣」の意と考えられる「藩架(ませがき)」とか、「やぐら」とい地名が残っていることからも、このあたりに須磨の関があったとも言われている。

また、この寺に残っている慈恵大師良源の木像は、1228年(建保6年)6月9日に造刻されたことが銘記され、在銘のものでは日本最古のものとされている。


新しいお寺だなあと思ってたら、聞くところによると阪神大震災で倒壊して再建したんだとか。実に惜しいです。でも今でも『源氏物語』ファンが須磨に来れば必ず立ち寄る人気スポットらしいですよ。



 

須磨のお寺(1)須磨寺(上野山福祥寺)

須磨寺(上野山福祥寺)


【所在地】
神戸市須磨区須磨寺町4−6−8
【アクセス】山陽電鉄須磨寺駅徒歩7分
      JR須磨駅徒歩13分
【お問い合わせ】078-731-0416
【テレホン法話】078-732-5800

真言宗須磨寺派の大本山。元は真言宗高野派であったが昭和22年に独立した。西須磨の台地は古くから須磨の上野と呼ばれており、山号はこれにちなんで上野山。一般には「須磨寺」の名で知られているが、正式には「福祥寺」である

淳和(じゅんな)天皇の頃(823〜33年)に、和田岬の海中から漁夫が三尺五寸(1m強)の聖観音像を網にかけて引き上げたものを、仁和(にんな)二年(886年)に聞鏡上人(もんきょうしょうにん)が勅命を受けて現在の場所に一寺を設けたのが始まりとされている。

その後荒廃していたものを久寿二年(1155年)源三位頼政(1104−1180)が堂宇(どうう)を寄進したが、慶長元年(1596年)の地震で大破、
これを慶長七年(1602年)に豊臣秀頼(1593−1615)が復旧し、片桐且元(かたぎりかつもと・1556−1615)も建物を寄進した。かつては7堂12坊の大きなお寺だったが、幕末には本堂・仁王門だけを残すのみとなり
明治中期以降次第に再建された。
現在では12坊のうち正覚院、蓮生院、桜寿院の3つが残っている。

■重要文化財(国指定)

木造十一面観音立像 - 南北朝時代
絹本著色普賢十羅刹女像 - 南北朝時代
本堂内宮殿(くうでん)及仏壇 - 南北朝時代(1368年)

■その他の文化財

不動明王立像(県指定文化財) - 南北朝時代(1369年)
仁王像
石造十三重塔(県指定文化財) - 南北朝時代
鰐口(県指定文化財) - 南北朝時代(1366年)
当山歴代古記録2巻(県指定文化財) - 南北朝時代〜江戸時代中期
釣灯籠 - 南北朝時代(1360年)
銅鐘(梵鐘) - 室町時代(1460年)
平敦盛像 - 熊谷蓮生坊作
平敦盛出陣の像 - 狩野牧心斎筆
平敦盛像 - 狩野久蔵筆
青葉の笛 - 伝・平敦盛愛用

■札所等
  真言宗十八本山霊場
  新西国三十三箇所24番
  摂津西国三十三箇所7番
  摂津八十八箇所88番
  福原西国7番
  神戸七福神
  神戸六地蔵客番
  神戸十三仏11番

須磨を語る上で欠かせない須磨寺。さすがに見所は盛りだくさんです。
実はこの他にも「からくり時計」や「五猿」、「ぶじかえる」などの「おもろいもの」と呼ばれているものがあります。
ですが、正直申し上げて私はこの「おもろいもの」たちがあまり好きではありません。須磨寺が持つ独特の景観やお寺から眺める須磨海岸の景色もすばらしいのにそういった「ぶらぶら歩くのにいい雰囲気」に若干水を差しているような気がするからです。これはあくまで私個人的に思うことなのですが。

まあとにかく、見所も満載で景色も素晴らしい須磨寺は大人の散歩にぴったりの場所です。特に春秋がお薦めですかね。毎月20、21日には「お大師さん」には参道に屋台が出るなど大変にぎわいますのでぜひ一度お越しいただきたいと思います。

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  • 須貝静
  • NPO法人しゃらく しゃらく旅倶楽部担当
  • 須磨をこよなく愛するよそ者が、真の須磨人(すまびと)を目指して日々綴っていく須磨のウンチク。須磨好きの方必見です。
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