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須磨の町名(2)か〜こ

神の谷(かみのたに)
もとは垂水区名谷町奥畑の一部だったが、ニュータウン開発により須磨区に編入、昭和52年にこの町名になった。町名は旧字名神の谷からつけられた。

上細沢町(かみほそざわちょう)
證誠神社の西を流れて妙法寺川に入る支流・細沢谷川にちなむ町名。この川は、古くは魔頭谷川(まとうだにがわ)と呼ばれていた。大正13年5月、旧字西細沢、寺ヶ畑、兼広が上細沢町に、西細沢、椎木谷、東小作、下り畑ヶが下細沢町に、昭和5年5月に東細沢、寺畑ヶが東細沢町になったが、その後「下」と「東」とが若木町になり、「上」だけが細沢の名を残した。

川上町(かわかみちょう)
板宿から見て妙法寺川の上流という意味の町名。大正12年12月に旧板宿村字北ヶ市、土佐、川ノ平が川上町となった。

菊池町(きくいけちょう)
旧板宿村字亀ヶ池が大正12年12月に菊池町となった。

北町(きたまち)
昔の西国街道の北側で、この辺りが旧東須磨村の中心部だった。街並みが形成されており、辰巳町、川西町、北野町、須磨川町、幸町、上横町、大道町、寺前町などの名がついていたという。昭和5年5月、街道を挟んで南側の南町と同時に東須磨北町となり、昭和40年6月、北町と改称された。

衣掛町(きぬがけちょう)
在原行平が帰京する際、愛した二人の娘のために邸の松の枝にかたみとして冠と衣を掛けて去ったという伝説にちなんで、狩衣を掛けた松のことを衣掛松と読んだことから。大正13年5月、稲葉町、松風町、村雨町とともに設置された。四町の旧字名は東須磨村字釈迦ノ前、法花、惣ヶ内、射場ノ下、鶴免、二重堤、坊敷、仲ノ前などである。

車(くるま)
車村は「藤田文書」天文13年(1544年)によると、戦国期からその名前が見える。また鎌倉期に車造という地名が見える。由来に諸説あり、水車が多く設けられていたとも、栗の多い地(くり、ま)によるものとも言われているが定かではない。明治22年4月、車村は須磨村の大字となり、現在も続いている。

小寺町(こでらちょう)
小寺町はJR鷹取駅から南、海に近いあたりだが、昔の地図で見ると水田と松林と広い砂浜があるだけだった。どんな寺があったかはわかっていない。旧字名は東須磨村小寺、東畑地、西畑地、前ノ子、古川東で、大正13年5月に現町名となった。

権現町(ごんげんちょう)
大手の権現さんと呼ばれる、町内にある證誠神社にちなむ。同社は江戸時代から大手・板宿・東須磨・野田・駒ヶ林、五ヶ村の総鎮守であった。社伝では11世紀に勝福寺開山の証楽上人が勝福寺の鎮守として紀州熊野権現を勧請されたものだと伝えられているが、実際はこの北方の松岡城を拠点とした武士勢力が戦勝を祈って中世に熊野から招いた武神である。大正12年12月、今の山陽電車の南側一帯が権現町となった。旧字名は大手村字宮ノ東、宮ノ浦、宮ノ西、子守前、竹ノ花、三ノ井である。

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コメント

歴史の中に須磨の町名はたくさんでてきますよね。

これからの楽しい町名紹介を楽しみにしています。
めぐみさん、コメントありがとうございます!そうなんですよ〜。地名にはちゃんと由来があったりするんですよね。明石城の周りも城下町にゆかりのある名前が多いんですね。今度明石に行ったときには地名に注目してみます。
須磨の地名も素敵な名前が多いんですよ。その中でも月見山、松風、村雨、衣掛とか、在原行平さんにちなんだものが多いんですが。とにかく私が幼い頃育った千葉県の木更津というところでは、歴史を感じる地名とか建物とかはあまりなかったんですね。それが須磨にはたくさんある。それってすごいことだな〜と思うんです。特に昔は関西の方が日本の表舞台だったわけですからそういうことを住んでいる皆さんももうちょっと誇りを持ってもいいのではないかな〜と思うんです。
地名にはその土地の歴史を感じますよね?

今住んでる町は森北町。これは新しい呼び名、元は本山村です。

子ども時代を過ごした明石の町名は上の丸。お城の横にあります。

明石は、城下町の名残がそこかしこに垣間見られる町名が多いんです。

町名の歴史を調べるのも楽しいですね。

sakis Roomさん、コメントありがとうございます!綿菓子は今2つで500円もするんですね。私の小さい頃はまだ一つ100円ぐらいだったような記憶があります。さすがに5円とまではいきませんが・・・・。
sakis Roomさんがいらっしゃった頃と今では須磨もだいぶ変わったんでしょうね。お大師さんもだいぶにぎやかだったと聞きますし。昔の須磨寺附近の写真なんかを見ると風情があって本当に心和みます。
昔、須磨区に住んでいたことがあるので、
懐かしい地名を目にすると心が和みます。

小さ〜い頃、権現さんの縁日に行ったことがあります。
何十年も前のことです。
確か、綿菓子が1つ5円でした。
今は、袋に2つ入って500円ですよ。
何十年かの間に50倍にも…
さ〜て、「何十年」のところに、
どんな数字を当てはめたらいいでしょう?

神戸を離れ、何年かぶりに阪神間に戻ってみると、
知らない地名があふれていました。
山は削られ、海は埋められて全く違う地形に。
私の中の神戸のイメージは、未だに
♡ 海と山に挟まれた東西に長い町 ♡
ここから、なかなか抜け出せません。

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西国街道江戸時代における山陽道のことで、ほぼ古代律令制の頃に整備された大路と一致する。特に六宿駅。山崎(大山崎町・島本町)・芥川(高槻市)・郡山(茨木市)・瀬川(箕面市)・昆陽(伊丹市)・西宮(西宮市))が設けられていた京都から西宮の区間を指し山崎通

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  • NPO法人しゃらく しゃらく旅倶楽部担当
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