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須磨の史跡・文化遺産(1)松風村雨堂



●松風村雨堂
【住所】神戸市須磨区離宮前町1
【アクセス】山陽須磨寺駅から東へ徒歩10分・市バス村雨堂下車)
 
 平安時代の歌人、在原行平(818−893)は、平城天皇(774−824)の孫で、六歌仙在原業平(825−880)の兄にあたる人。その行平と村娘「松風」「村雨」の悲恋物語が残されているのが、この松風村雨堂です。

 行平は光孝天皇(830−887)の怒りを買い、須磨に配流されてしばらくわび住まいをしていた。ある日潮汲みにきた多井畑の村長のむすめ「もしほ」と「こふじ」に出会い、「松風」「村雨」と名づけ愛した。三年の歳月が経ち、都に帰る行平は、小倉百人一首で有名な

 立ち別れ いなばの山の峰に生ふる
 まつとし聞かば いま帰り来む

の歌を残し烏帽子(えぼし)、狩衣(かりぎぬ)をかたわらの松にかけ姉妹たちへの形見とした。二人の姉妹はたいそう悲しんで庵を建て、観世音菩薩を信仰し、行平の無事を祈っていたが、後、多井畑へ帰り、わびしく世を去った。

実は歴史的には行平が須磨に流罪にあったという事実は未だ確認できてはいないらしいのですが、この悲恋「伝説」は後に源氏物語田楽世阿弥(1363?−1443?)の等にも取り上げられ広く伝えられたそうです。松風、村雨の二人が行平の後を追わず、二人で行平の無事を祈ったといういじらしさに、当時の人々が心を打たれていた、ということなのでしょうか。それにしても「まつかぜ」「むらさめ」は素敵な名前です。

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  • 須貝静
  • NPO法人しゃらく しゃらく旅倶楽部担当
  • 須磨をこよなく愛するよそ者が、真の須磨人(すまびと)を目指して日々綴っていく須磨のウンチク。須磨好きの方必見です。
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